こんにちは、だにえるです。
うつ病の診断書を提出したあと、校長から「直接顔を見て話したいから、家に行っていいか」と連絡が来た夜のことを、今もはっきり覚えています。電話を切ったあとは頭が真っ白で、家にあげる準備をしながら「明日、何を聞かれるんだろう」とそればかり考えていました。
この記事では、校長の家庭訪問で実際に聞かれた5つの質問と、私がどう答えたか。そして、休職が正式に決まるまでの流れを、当時の感情を交えてお伝えします。今まさに同じ立場にいる方が、少しでも心の準備をして当日を迎えられるように書きました。
この記事でわかること
- うつ病で休職するときの校長面談はどんな雰囲気か
- 校長から実際に聞かれた5つの質問とその意図
- 家庭訪問の前後にやっておきたい準備
- 校長と一緒に病院へ行くケースの実情
校長から「家に行っていいか」と電話が来た夜
家に来るって、断れないものなの?
校長から電話があったのは、夜の11時でした。私が診断結果を伝えた時間も遅かったので、ある意味では仕方ありません。でも「家にうかがってもいいか」と言われたとき、断れる空気ではありませんでした。
電話を切ってから、私がまずしたことは部屋の掃除です。上司を家にあげる想定をしていなかったので、案内できる部屋がない。とにかく一部屋だけでも整えようと、深夜1時まで掃除とお茶の準備をしました。
翌朝、目が覚めたのは6時です。仕事に行かなくていいという解放感と、校長と話さなければいけないという憂鬱さ。両方が同時に押し寄せて、自分でも整理がつかない朝でした。
これから休職するまでの経緯を振り返りたい方は、【休職中の過ごし方⓪】休職への決意の話もあわせてどうぞ。
校長の家庭訪問で実際に聞かれた5つの質問
どんなことを聞かれるのか、事前に知っておきたいよね。
約束の時間に校長を部屋に通すと、思ったよりも穏やかに話が始まりました。校長から私に向けられた質問は、大きく次の5つです。
- なぜ病院に行こうと思ったのか
- いつから辛くなっていたのか
- 学校の業務の何が一番の原因だと感じているか
- 家族はうつ病のことを知っているのか
- 誰かに相談していたのか
当時の私は、うまく答えられる自信がありませんでした。それでも、自分の言葉で話すことが、自分を守ることにもつながると思って、ひとつずつゆっくり答えていきました。
質問1:なぜ病院に行こうと思ったのか
一番大きな理由は、自分自身がおかしくなっていることを、自分でも感じていたからです。これ以上悪化したら治療が難しくなる、その前に専門医にきちんと診てもらいたいと思いました。
それまでにも自己診断ではうつ病に近い結果が出ていたのですが、自分の判断だけでは納得できなかったのです。診断名がつくことで、自分を責める気持ちが少しでも軽くなるなら、と願う気持ちもありました。
質問2:いつから辛くなっていたのか
これは病院でも聞かれたのですが、はっきり「この日から」と言える日が、自分でもわかりませんでした。少しずつ少しずつ調子が落ちていったというのが正直なところです。
嫌なことや辛いことはこれまでもたくさんありました。けれど、それなりにやり過ごせていた。だからこそ、自分でも変化に気づくのが遅れたのだと思います。
質問3:学校の業務の何が一番の原因だと感じているか
これに関しては、学級経営に対する自信が完全に喪失したことが大きかったです。立派な成果を上げてきたわけではないですが、自分なりに頑張ってきたつもりでした。
でも、何ひとつうまく回らない。子ども・保護者・同僚・先輩から、自分のクラスについて悪く思われているのではないかと感じていました。問題は起きる、保護者からのクレームは来る、廊下から教室を覗かれてヒソヒソ話される。サポートの先生が入らないと授業も成立しない。学級経営がうまくいかないと、授業も行事も学校生活すべてが崩れていく。これが、何より辛かったです。
質問4:家族はうつ病のことを知っているのか
家族には少しだけ話していました。ただ、大きな心配をかけたくなかったのと、自分でも極端な行動はとらないと思っていたので、「そんなに心配しなくていい」と伝えていました。
質問5:誰かに相談していたのか
正直に言うと、相談はほとんどしていませんでした。何を相談したらいいのか、自分でもわからなかったというのが本音です。
もともと相談が苦手という性格もあります。「愚痴を話すのが苦手」「相談しても解決しないと思っている」「本気で受け止めてもらえないかもしれない」。いろんな思いが絡まって、誰にも言えませんでした。
前の学校で管理職に相談したとき、真剣に取り合ってもらえなかった経験も尾を引いていました。「相談しても無駄だ」というあきらめが、ずっと心のどこかにあったのです。
校長は私の話を最後まで聞いてくれて、適度に相槌を打ってくれました。「自分の学校経営や校務分掌が直接の原因ではない」と聞けて、少し安心しているようにも見えました。
話せる範囲だけで大丈夫。全部を伝えなくていいんだね。
校長と一緒に主治医のいる病院へ行った話
家庭訪問のあと、校長と再度病院へ行くことになりました。管理職と主治医が直接、今後の休み方について話をする必要があるそうです。二日連続で病院に通うことになり、これは正直、想像以上に消耗しました。
このときに本当に嫌だったのが、校長の車で一緒に病院へ行くということです。病院までの道のりを上司と二人きりで過ごすのは、私にとって大きな負担でした。
校長は善意で乗せてくれたのだと思います。でも、気を遣わなければいけない時間が、ただただ長く感じました。「別の車で行かせてくれたらいいのに」と心の中で何度も思いながら、何とか会話に応じていました。
病院では、主治医からの質問に答えながら、私の状態を改めて確認し、それを校長に共有してもらう形で進みました。ただ、すべてを正直に話せたかというと、それは無理でした。校長の前では話せないこと、話したくないことも当然あります。私は、ところどころ取り繕いながら話しました。それでも、自分を守るためには必要な選択だったと思っています。
休職決定後、校長と喫茶店で話したこと
早く一人になりたい気持ち、よくわかるよ。
主治医からは「まずは休みながら様子を見ること」「少しずつ心のエネルギーを充電していくこと」が大切だと伝えられました。診断書を書いてもらい、私の休職期間が正式に始まりました。
病院を出たあと、校長から「もう少し話がしたい」と言われ、近くの喫茶店に立ち寄りました。「今まで辛かったな」と声をかけてもらいましたが、私の頭の中は「早く帰りたい」という思いばかりでした。
校長は本当にいろいろと考えてくれている方だと思います。それでも、心が消耗しきっているときは、「直接話さなくてもいいのに」「一人にしてほしい」と感じてしまう。これは私のわがままかもしれません。けれど、休職直後の自分にとっては、それくらいの距離感がちょうど良かったのです。
校長面談を乗り切るために、私が伝えたいこと
これから校長との面談を控えている方に、当時の自分が知っておきたかったことを4つだけお伝えします。
- すべてを正直に話さなくていい。心を守るために、話さない自由もあります
- 家を綺麗にしようと無理しない。応接できる場所が一か所あれば十分です
- 家族や信頼できる人に同席を頼める場合は頼る。一人で抱えなくていいです
- 面談後は完全オフの時間を確保する。心身のエネルギーが想像以上に削られます
まとめ:焦らず、自分のペースを優先していい
自分を守ることが、いちばんだいじだね。
校長の家庭訪問は、休職する側にとっては大きなストレスのかかる場です。私自身、終わった後はぐったりしてしまい、しばらく動けませんでした。
それでも、この日を乗り越えたから、ようやく自宅療養の日々が始まりました。ここからの生活がどうなるのか、当時は不安でいっぱいでした。続きは【教員休職中の過ごし方②】最初の1か月の話で書いています。
今まさに同じ立場にいる方へ。校長の前で全部話せなくても大丈夫です。あなたの心を一番に守ってください。以上、だにえるでした。



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